新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大により,検査方法の一つとして一般的な知名度があがったELISA法(酵素免疫測定法,Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)。イライザ・エライザなどと言った読み方をしますが,この方法の歴史は古く,これまでに数多くのELISAアッセイが組み立てられ,サイトカインやホルモン,アレルギー検査などのサンプル中に含まれる微量の因子を研究室でも簡単に測定できるようになりました。
ELISA法は,サンプル中の微量因子(抗原)に酵素標識した抗体を結合させ,その酵素に基質を反応させて発色させて濃度測定する方法です。段階的に希釈した既知濃度の微量因子(スタンダード)もサンプル同様に発色させ,吸光度(OD値)を測定して標準曲線(スタンダードカーブ,Standard Curve,検量線)を作成します。得られた検量線の数式を求め,そこにサンプルの吸光度を当てはめることで,サンプル中因子の濃度を測定することができます。
私も大学院生時代に一日に何枚ものELISAを行い,トラブルも多く経験しました。
その後,研究用試薬機器輸入商社の試薬技術サポートとして,「うまくいかない」「なんか変」といった数多くのELISAトラブルに関する相談を受け,解決してきました。ここではELISAにおける問題発生時のトラブルシューティングについて取り上げたいと思います。あらかじめこのような「失敗例」「コツ」を知っておくことで,ELISA初心者の方はトラブル回避の役に立つかと思います。
完全ではありませんが,これらのポイントさえ押さえておけば,ELISAで失敗することはまず無くなるでしょう。ELISAキットは高価なものが多いので,失敗を防ぐことは経費の削減にも役立ちます。(・・・とは言え,私も失敗させて頂きながら成長してきましたので,ある程度の「失敗」も必要とも思います・・・。)
長文となりますので、「必要だ」と思われる部分について特にご注目下さい。(トップに戻る場合は、画面右下の「^」マークを押してください。また定期的に情報追加していきます!
※ELISAキットの場合は製造元メーカーのマニュアル記載の指示に従ってください。
トラブルの種類
ELISAで遭遇するよくあるトラブル,問題には大きく下記の5つがあります。
- 発色しない,発色度合いが低い
- 発色するが,本来出ないはずの部分も発色する
- バックグラウンドが高い
- 発色が濃くなりすぎて,検量線を超えてしまう
- データのばらつきが大きい,違和感を感じる
それでは、ここから一つずつ確認していきましょう。
発色しない,発色度合いが低い
シンプルなトラブルですが,いちばん解決が難しいタイプのトラブルです。手順に問題があったのか,試薬に問題があったのか,問題があったとしてもそのどの段階で問題があったのかがわかりにくいからです。
プレートはELISA用のプレートですか?
これはELISAキットにプレートが含まれていない場合,あるいはELISAを自作している場合の注意事項です。
一般的に,ELISA用のプレートと細胞培養(組織培養)用のプレートは表面処理が異なっています。ELISA用プレートは表面処理によってタンパク質である抗体(あるいは抗原)が結合しやすいように表面処理されています。その結合能によっても様々な製品があり,アッセイにベストな製品を選ぶ必要があります。
なぜELISA用プレートの表面処理が重要なのかは,コーニング(Corning)社の下記資料がもっとも詳しく説明していると思います。
https://www.corning.com/catalog/cls/documents/application-notes/CLS-DD-AN-454.pdf
「近くに似たような細胞培養用の96ウェルのプレートがあったから・・・」ではダメです。
下記リンク先から見られるような,「ELISA用に最適化された」プレートを使用してください。
免疫測定関連製品 ELISA用プレート | 住友ベークライト株式会社 (sumibe.co.jp)
ELISA用実験器具および付属品 | Thermo Fisher Scientific – JP
イムノプレート(ELISA用) | コスモ・バイオ株式会社 (cosmobio.co.jp)
試薬は劣化していませんか?
ELISAで使用する試薬は,タンパク質(標準曲線用のスタンダード,サンプル,抗体,酵素)と化学物質(TMB ; 3,3′,5,5′-tetramethylbenzidine等)に大きく分けられます。タンパク質は特にそれまでの保管状況の影響を受けやすいため,取り扱いには注意が必要です。
劣化の要因として,
①凍結融解の繰り返し
⇒冷凍と解凍を繰り返すことで,タンパク質にダメージが生じます。あらかじめ必要量を分注して冷凍保存し,必要な時に必要な分だけ解凍するようにしてください。
②希釈した状態での保管
⇒タンパク質濃度が低い状態での保管も,タンパク質へのダメージの要因となります。必要な試薬は必要時に調製(用時調製)してください。
ELISAを自作している場合は,下記のような安定化剤やシグナル増強試薬の使用も考えてみてもよいでしょう,
標識抗体やタンパク質の活性安定化試薬 | StabilZyme® シリーズ | フナコシ (funakoshi.co.jp)
ウエスタンブロット,ELISAなどのシグナル増強試薬 | Signal Booster (シグナルブースター) | フナコシ (funakoshi.co.jp)
また発色度合いが低いことで,検量線の作成が出来ない場合があります。この際は,劣化以外にも「正しい段階希釈が行われたかどうか」もチェックする必要があります。
発色するが,本来出ないはずの部分も発色する
原因がわかりやすいトラブルの一つです。下記のポイントについて注意してみましょう。
試薬・サンプルのコンタミネーション
96ウェルプレートに試薬やサンプルを細かく入れていく作業のため,何らかのミスで発色するサンプル(陽性)が陰性のウェルに混ざってしまった,という原因が考えられます。試薬を入れるリザーバーの洗浄不足,またインキュベーション中のプレートシールを再利用したりすると,コンタミネーションが発生する確率が上がります。
①ウェル間のコンタミネーションには気を付ける。
試薬やウォッシュバッファーをマイクロピペットで添加する際は,ウェルの壁面にチップが付かないように注意しましょう。洗瓶でウォッシュバッファーを加えて洗う方法もアリです。(私はその方法でやっていました。)
②プレートシールの再利用はできるだけ控える。
プレートシールは多くのメーカーで扱っています。
プレートシール | プラスチック製「理化学機器および用品メーカー」サンプラテックのweb販売サイト「PLA.com」プラコム。 (sanplatec.co.jp)
複数の測定因子のELISAを同時に行っている場合,識別に便利なプレートシールもあります。
試料の識別が容易なシーリングフィルム(プレートシール) | Plate Seal SealPlate, ColorTab™ Film | フナコシ (funakoshi.co.jp)
基質と酵素が添加前に反応していた
検出抗体に標識された酵素と基質が,何らかの原因で既に反応してしまっていたために発色している可能性があります。
例えばリザーバーが汚れていた場合。前に使用した試薬(検出抗体)と基質が反応してしまったかもしれません。リザーバーは良く洗うか,毎回新しい物を使用しましょう。
また基質溶液の入ったボトルに直接チップを入れて取り出すのは絶対にやめましょう。ボトル全体の汚染につながります。
↑ 慣れていない頃,まさにこの失敗をしてしまいました・・・。
バックグラウンドが高い
この問題は,総じて「洗浄不足」が原因となっている場合が多いです。
十分な量のウォッシュバッファー(Wash Buffer)を,十分な時間浸漬して,未反応試薬の除去を行いましょう。
私は洗瓶から各ウェルにウォッシュバッファーを注いでいました。(とても楽なので。)
その他,自動マイクロプレートウォッシャーを使用するのも一つです。
自動マイクロプレートウォッシャー | Inteliwasher 3D-IW8 | フナコシ (funakoshi.co.jp)
エムエス機器|マイクロプレートウォッシャー (technosaurus.co.jp)
AMW-96SX|マイクロプレート ウォッシャー|国産分注装置ならバイオテック株式会社 (biotec.co.jp)
HydroSpeed – マイクロプレートウォッシャー – Tecan
発色が濃くなりすぎて,検量線を超えてしまう
手持ちのサンプルを初めて測定する場合に起こるトラブルの一つです。含まれる因子量の目安が不明なサンプルは,複数の希釈率で希釈を行い,検量線内に含まれるように調整しましょう。
もしこれでも解決しない場合は,正しい量(濃度)の検出抗体,基質が使用されているかも確認しましょう。
データのばらつきが大きい,違和感を感じる
データのばらつき
ELISA時は通常,同一のスタンダードやサンプルは2ウェル以上を使って平均し,吸光度・濃度を求めます。同じアッセイ・同一サンプルウェルの間で値のばらつきが大きい場合は,下記のような原因が考えられます。
①ピペッティングに問題がある
⇒ピペッティング操作に慣れていない場合は,技術を磨きましょう。
⇒ウェルに添加する前に,サンプルや試薬は良くピペッティングして液内を均一にしましょう。
②ピペットの不具合
⇒ピペットは定期的に較正(校正)に出しましょう。正しい量の液体をきちんと吸入・排出することは,アッセイ結果の信頼性と再現性の担保に重要です。自分でやっても良いのですが,メーカーの校正サービスを利用すると校正証明書なども発行されて,安心して使用できます。
ピペット校正サービス(フナコシ取扱いのピペット全種類対象) | フナコシ (funakoshi.co.jp)
エムエス機器|ISO/IEC 17025 校正サービス (technosaurus.co.jp)
修理とバリデーションサポート | カスタマーサポート | NICHIRYO
Pipette Service Japan – Eppendorf
難しそうで難しくない少し難しいピペットのキャリブレーション方法と計算式 | Learning at the Bench (thermofisher.com)
違和感
①「エッジ効果」とは?
ELISAは温度管理が重要です。例えば,プレートの外側ウェルだけ反応が進むなどの違和感を感じることがあるかもしれません。これは「エッジ効果」といい,プレートの外側ウェルは内側ウェルに比べて温かくなりやすいため,他のウェルよりも反応が進んでしまうことを言います。原因は「冷えている」状態で試薬を使用したことにあります。
使用する試薬は,必ず「室温に戻してから使用」することで,エッジ効果を回避できます。
②部分的に発色し漏れている
サンプルや試薬の入れ忘れが原因の可能性が高いです。細かい作業なので,どうしても入れ忘れのミスは起こりがちです・・・。
下記のような補助器具を使ってみるのも良いでしょう。
分注時の間違いを防ぐピペッター補助器具 | 96ウェル用プレートラインサーチャー | フナコシ (funakoshi.co.jp)
③「マトリックス効果(マトリクス効果)」とは?
標準曲線は問題ないのに,一部のサンプルで本来得られることが期待できる値にならない,といった場合には,サンプル中の阻害物質の影響が考えられます。とくに血液,血清,血漿のような,雑多な成分が多く含まれる生体サンプルを使用する場合に起きる現象です。
これを回避するには,まずサンプルの希釈が重要です。そして既知濃度の測定対象因子を添加し,どの程度ELISAで検出できるか(回収できるか)というテストである「Spike – Recovery(スパイクリカバリー)」テストを試してみましょう。サンプル中の阻害物質の影響を調べることができます。
メーカーによっては,指定のSpike – Recovery用測定対象リコンビナントタンパク質を別売しているメーカーもありますので,メーカーに問い合わせてみるのも良いでしょう。
それでも問題解決しないようなら・・・
何をしても解決できない・・・そういった事も十分にありえます。
IHC(免疫組織染色)トラブルシューティングガイドでも記載しましたが,同じメーカーの同じ商品コードの抗体でも,ロットや採取個体の違いでも反応性の変化は発生します。(もちろんメーカーも,ロット間差が無いようにQC;品質管理テストを通してはいます。)
このような場合は購入した販売店や輸入元の代理店にトラブルシューティングを依頼しましょう。
各メーカー,トラブルシューティング用の記入用紙を用意していることがあったり,無い場合でも代理店から確認項目の連絡が届きますので,その内容に沿って情報記入をして提出しましょう。
最後に
いかがでしたでしょうか。ELISAもアッセイ内に多段階の抗原抗体反応と酵素-基質反応を抱えているため,トラブル時には総合的に要因を考え,一つ一つ原因をつぶしていく必要があります。
こちらをご参考頂き,お気づきの点がありましたらお問い合わせフォームよりご連絡ください。