細胞に目的の物質を導入する技術として,研究で幅広く利用されている「トランスフェクション(Transfection)」。
この技術無くして,遺伝子産物の解析や細胞培養技術の発展は無かったでしょう。
そして技術の発展により,今までは導入が難しかった細胞にもトランスフェクションができるようになったりと,トランクフェクション方法とトランスフェクション効率はどんどん進化・アップグレードしています。
そこで今回は改めて「トランスフェクションとは?」といった,原理も含めた基礎的な部分,そしてトランスフェクション試薬について「どのようなメーカーの,どのような製品がある?」といった内容をまとめてみました。
トランスフェクションとは?
従来,トランスフェクションとは外来の「核酸」を細胞に導入する方法を意味していました。トランスフェクション技術が発展した現在では,「核酸」だけでなく,抗体を含めた「タンパク質」を導入することも「トランスフェクション」と呼ばれるようになっています。
特に最近のゲノム編集分野ではCRISPR-Cas9タンパク質をトランスフェクションで導入することがあり,需要も高まっています。
一言で「トランスフェクション」と言っても,プロトコルも含めて,導入原理は大きく以下の「3つの方法」に分けることができます。
- 物理的方法
- 化学的方法
- ウイルスを利用する方法
それぞれの方法について,以下で簡単に触れてみたいと思います。
物理的方法
導入するにあたっては,最も直接的で(直感的にも)わかりやすい方法です。比較的,細胞を選ばない方法になります。
主な方法としては,以下のような方法があります。
- 直接的導入
⇒マイクロニードルを用いて,顕微鏡下で細胞質や核内に直接,核酸を導入する方法です。
⇒トランスフェクション効率(導入効率)は高いものの,高度な技術を必要とします。 - 電気的導入(エレクトロポレーション ; Electroporation)
⇒特殊な機器(エレクトロポレーター)を用いて,細胞に電流をかけて細胞膜の透過性を上げ,遺伝子導入する方法です。
⇒トランスフェクションが困難な細胞への導入効率が高いです。
⇒細胞へのダメージがあり,用意する細胞も大量,機器も高額といった欠点があります。 - 磁気的導入
⇒磁気ビーズに結合させた核酸を,強力なマグネットプレートを用いて細胞内に取り込ませる方法です。
化学的方法
市販の試薬製品が多くあるのは,この方法です。細胞や実験系によって向き・不向きがハッキリとしている方法です。
大別すると「カチオン性脂質(Cationic Lipid)」を使用した方法,および「非脂質」を使用した方法があります。
カチオン性脂質(Catioinic Lipid / Liposome )を使用した方法
カチオン(正電荷)を持つ脂質とアニオン(負電荷)を持つ核酸で構成させた複合体が,細胞膜(負に帯電)と融合し,細胞内へ取り込まれることを利用した方法です。「リポフェクション法(Lipofection)」とも呼ばれ,市販のトランスフェクション試薬が多く販売されています。
リポフェクション法の利点と欠点は以下の通りです。
【利点】
- 高効率
- 簡単
- タンパク質も導入可能
- 市販試薬が多いため,選択肢がある。
【欠点】
- トランスフェクション効率が細胞によって低いことがある(プライマリー細胞など)
- 培地中の血清に含まれる負電荷の分子と結合することがあるため,血清を減らした培地や無血清培地,あるいは専用培地を使用しないと,トランスフェクション効率が落ちることがある(実験条件の最適化が必要)
非脂質を使用した方法
こちらはさらにいくつかの方法に分けられます。いずれも比較的安価なことが利点です。
カチオン性ポリマー法
- DEAE-Dextran(Diethylaminoethyl-Dextran,ジエチルアミノエチルーデキストラン)法
- PEI(Polyethyleneimine,ポリエチレンイミン)法
いずれもカチオン(正電荷)性のDEAE-DextranおよびPEIと,アニオン(負電荷)性の核酸を,静電的相互作用により複合体を形成させ,細胞に取り込ませる方法です。
安価で効率は中程度ですが,細胞毒性があり,注意が必要となります。
リン酸カルシウム(Calcium Phosphate)共沈殿法
最も安価なトランスフェクション方法の一つです。陽イオン(Ca2+)と,負に荷電した核酸により複合体を形成(沈殿)させたものを,細胞に取り込ませる方法です。
安価で良効率ですが,条件(pH等)に導入効率が左右されることもあります。
ウイルスを利用する方法
現在使用されるトランスフェクション用のウイルスとしては,
- レトロウイルス(Retrovirus)
- レンチウイルス(Lentivirus)
- アデノウイルス(Adenovirus)
- アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated Virus,AAV)
- ヘルペスウイルス(Herpes Virus)
- バキュロウイルス(Baculo Virus)※昆虫細胞用
等があります。全体的に共通する利点と欠点として,
【利点】
- ウイルスの感染性を利用しているため,導入効率が高い(=導入が難しい細胞にも適用できる可能性が高まる)
- in vivo実験にも使用されることがある
- コストは中程度
【欠点】
- ウイルスを使用するため,適切なバイオセーフティレベル(拡散防止措置レベル)を満たした施設で実験をする必要がある
- ウイルスベクターによって,宿主ゲノムへの挿入を考慮する必要がある
- 産生物や廃棄物の処理も,法に従って適切に処理する必要がある(例:カルタヘナ法など)
- 細胞毒性や免疫原性といった問題をもたらす可能性がある
- ウイルスベクターによって,非分裂細胞(例:神経細胞,リンパ球,肝細胞等)には導入できないことがある(注)
- 核酸(DNA・RNA)のみのトランスフェクション
などがあります。(制限も多いですね。)
もう少し細かく見ますと,
・レトロウイルスとレンチウイルス:宿主細胞の染色体に遺伝子が組み込まれるため,安定発現(安定誘導)される
・アデノウイルス,アデノ随伴ウイルスは分裂・非分裂細胞の両方に使用できるが,宿主細胞のゲノムに組み込まれないため,一過性発現(一過性誘導)となる
といったポイントもあります。
トランスフェクション試薬メーカー一覧
ここで,トランスフェクション試薬を販売しているメーカーの一覧をまとめてみました。
DNA,RNA,smallRNA,タンパク質,それぞれについて製品がある場合は「○」が入力されています。
詳しくは各メーカーのウェブサイトから製品および説明をご確認下さい。
(製品が変更・中止等になっていることもございます。必ずご確認ください。)
※各社製品名は™や®の入力を省略していますが,各社の登録商標あるいは商標です。
メーカー名 | DNA | RNA | small RNA | Protein | CRISPR-Cas9 | その他 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
ABclonal | ○ | ○ | |||||
Active Motif | ○ | ○ | ○ | ||||
Agilent Technologies | ○ | ||||||
ALSTEM | ○ | ||||||
Altogen Biosystems | ○ | ○ | ○ | 細胞毎のトランスフェクション試薬 | |||
Applied Biological Materials Inc. (abm) | ○ | ○ | |||||
ATCC | ○ | ||||||
Bioland Scientific | ○ | ○ | |||||
Biontex | ○ | ○ | ○ | ||||
Bio-Rad | ○ | ○ | |||||
Expression Systems | ○ | 昆虫細胞用 | |||||
EZ Biosystems LLC | ○ | ○ | ○ | ||||
GeneCopoeia | ○ | ○ | ○ | ||||
Genlantis | ○ | ○ | ○ | 神経細胞,昆虫細胞特化の製品あり | |||
Horizon Discovery | ○ | ○ | ○ | DharmaFECTシリーズ | |||
Icosagen | ○ | ||||||
InvivoGen | ○ | ||||||
Mirus Bio LLC. | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
Neuromics | ○ | ○ | 神経細胞特化 | ||||
Origene | ○ | ○ | ○ | ||||
OZ Biosciences | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
Polyplus Transfection | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
Polysciences | ○ | ||||||
Promega | ○ | ||||||
Qiagen | ○ | ○ | ○ | ||||
RJH Biosciences | ○ | ○ | |||||
Santa Cruz Biotechnology | ○ | ○ | ○ | ||||
ScienCell Research Laboratories | ○ | 細胞毎のトランスフェクション試薬 | |||||
Screenfect | ○ | ○ | ○ | ||||
Sigma Aldrich | ○ | ○ | ○ | ||||
Signagen | ○ | ○ | In Vivo Transfection | ||||
SPEED Biosystems | ○ | ○(抗体) | |||||
System Biosciences | ○ | ○ | |||||
ThermoFisher Scientific | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | Lipofectamineシリーズ | |
TransGen Biotech | ○ | ||||||
Viogene | ○ | ○ | |||||
同仁化学研究所 | ○ | ○ |
参考文献
・Tae Kyung Kim & James H. Eberwine
Mammalian cell transfection: the present and the future
Anal Bioanal Chem (2010) 397:3173–3178
・Chong ZX, Yeap SK, Ho WY.
Transfection types, methods and strategies: a technical review
PeerJ 9:e11165 (2021) DOI 10.7717/peerj.11165
・Fus-Kujawa A, Prus P, Bajdak-Rusinek K, Teper P, Gawron K, Kowalczuk A and Sieron AL
An Overview of Methods and Tools for Transfection of Eukaryotic Cells in vitro
Front. Bioeng. Biotechnol. 9:701031.(2021) doi: 10.3389/fbioe.2021.701031
・日本医科大学医学会雑誌 『3.遺伝子導入と発現シリーズ』(1)~(5), 2011-2012