
細胞を使った実験は多くの研究施設で行われています。うまく細胞が育っている時は良いのですが,急に「機嫌」を損ねたり,厄介な「侵入者」に汚染(コンタミネーション/コンタミ)されたり…と,トラブルは比較的身近に潜んでいます。そして焦ります。
「細胞,捨てないといけないの…?」
私自身はリンパ球系の細胞培養を行ってきました。その後,研究用試薬機器輸入商社の試薬技術サポートとして,数多くの細胞培養のトラブルに関する相談を受け,解決してきました。
今回は細胞培養における問題発生時のトラブルシューティングを取り上げたいと思います。また問題発生を回避できるような試薬や器材もご紹介します。
あらかじめ「失敗例」「防止策」を知っておくことで, 特に細胞培養初心者の方はトラブル回避に役立つでしょう。
細胞培養のトラブルの種類
細胞培養におけるトラブルは,大きく5つあると考えています。
- 細胞が起きない,解凍後の生存率が低い
- 接着細胞が接着しない,剥がれる
- 細胞が増えない,生存率が低い,細胞死が見られる
- 形態的な変化や問題
- コンタミネーション
それぞれ順に原因と解決策・防止策を見ていきましょう。
細胞が起きない,解凍後の生存率が低い
培養に必要な準備をして,「いざ!」と凍結された細胞を解凍してみたものの,こういったトラブルに出会うとガッカリしますよね。
原因としては,下記のようなものがあります。
細胞を凍結してから長期間経過していた
細胞が「適切」に凍結操作をされ,何の問題もなく液体窒素タンク等で適切に保管されていれば,基本的に長期間の細胞凍結保存で問題は生じません。
ただし,保管途中に液体窒素の補充が不十分であったり,ディープフリーザーの故障や停電等が起きている場合もあり,このような場合は凍結融解により細胞が劣化していることも考えられます。
改めて,「いつ,どの段階の細胞を,どのように凍結保存された」細胞なのかを確認してみましょう。場合によっては改めて細胞を取り直す(買い直す)必要があります。
細胞の凍結・解凍方法に問題があった
細胞の凍結・解凍は「ゆっくり凍結,急いで解凍」と聞いたことはないでしょうか?
一般的な細胞の凍結時は,ゆっくり凍結(緩慢凍結法)を使用します(※)。
細胞がダメージを受け,生存率(Viability)低下を引き起こす主な原因は,細胞内の氷の結晶(氷晶)です。
急いで凍結すると細胞内の水が氷晶となり,ゆっくり解凍してしまうと,細胞内の水分が氷晶を作る(再結晶化)温度の時間が長くなってしまいます。
ウォーターバスを用いて,37℃の温水で迅速に解凍(融解)しましょう。
ただし,急いで解凍しようと焦り,保護メガネなどの防護を怠ってはいけません。
液体窒素で保管している際に,キャップの隙間やヒビなどからバイアル内部に液体窒素が入っている可能性があります。この液体窒素が解凍中に膨張(体積増加)することで,バイアルが爆発することがあります。急ぎながらも十分注意しましょう。
なお,このような,液体窒素のバイアル内部への混入を防ぐパウチ「セルガッチ(ニプロ株式会社)」も販売されていますので,予算や保管期間を考慮して使ってみましょう。
セルガッチ:https://www.funakoshi.co.jp/contents/65702
(※)ES細胞やiPS細胞などは,「ガラス化保存液」を用いた急速凍結法を採用する方が,生存率が上がるとされています。ガラス化法とは,上記のような氷晶を形成しない保存液で急速に凍結する方法です。DAP213などが有名です。
その他,細胞凍結保存液にDMSO(Dimethyl sulfoxide,ジメチルスルホキシド)が含まれている場合,DMSO自身の細胞毒性も考慮して作業しましょう。最近ではDMSOフリーの細胞凍結保存液も市販されていますので,試して問題が無ければ,切り替えてみるのもアリでしょう。
接着細胞が接着しない
受ける問い合わせの中で,比較的多く聞かれるものです。原因としては,下記のようなものがあります。
使用している培養器材が,細胞培養用ではない
形状が似ているからか(?),ELISA用の96ウェルプレートを細胞培養に使用していたことが失敗原因のケースがありました。
必ず細胞培養用の培養器材を使用しましょう。細胞が接着しやすいように処理されています。
(※3次元培養目的などのために,未処理のものもあります。)
足場材がコートされていない
接着に足場材(コラーゲン,ラミニン等)が必要な細胞は,それらを適切な濃度で希釈してコートした培養器材を使用しましょう。
また最近では,コート済みの培養器材も販売されています。
継代時に使用したトリプシンの使用時間
細胞培養で継代する時に使用したトリプシン(剥離剤)の使用時間が長いと,接着が悪くなることもあります。細胞の剥離は顕微鏡で確認しながら,細胞を過剰な時間,トリプシンに晒すことのないようにしましょう。場合によっては,別のマイルドな剥離剤「Accutase(Innovative Cell Technologies, Inc.)」等の使用も検討してみましょう。
細胞が増えない,生存率が低い,細胞死が見られる
おそらくこれが最も受けていた問い合わせだと思います。そして原因が多岐に渡るため,最も解決が難しいものでした。(そして何故か急に解決することもある,不思議なトラブルです…。)
考えられる原因としては,下記のようなものがあります。
使用している培地が合っていない
ご存知の通り,全ての細胞に万能な培地はありません。細胞によって最適(快適)な培地があるので,ふさわしくない培地ではうまく増えません。データシートや譲渡元からの情報を確認し,最適な培地を使用するようにしてください。
また,培地はできるだけ新鮮なものを用意して使用してください。培地の劣化による影響やコンタミネーションの防止にもなります。
培地成分の劣化や誤り
培地本体(基礎培地)以外に,培地には化学物質,抗生物質や成長因子,血清を添加して,培地環境を整えます。
これら添加する化学物質や抗生物質,血清は,新鮮なものを使用し,正確な濃度で調製しましょう。
特に成長因子がリコンビナントタンパク質(組換えタンパク質)の場合,基礎培地に添加したまま保管すると劣化が進みますので,注意しましょう。
また劣化ではありませんが,リコンビナントタンパク質は製品,ロット,メーカーや産生細胞によって活性が異なります。データシート類に「活性」の情報は掲載されていますので,必ず確認してから添加しましょう。
その他,pHも重要なファクターです。
播種した細胞濃度が薄い
細胞は「寂しがり屋」です。細胞濃度が低いと増殖が悪くなることがあります。文献やこれまでのデータを参考にしながら,適切な細胞濃度に希釈して播種しましょう。
FBSの影響
「FBSのロットを変えたら,細胞が増えなくなった」という話も,よくありました。
Labo Fun!のFBSの記事(https://labo-fun.com/original/fetal-bovine-serum/)にもあるように,FBSは「なま物」のため,成分をロット間で完全一致させることは残念ながら不可能です。長期間培養・継代する予定の細胞は,FBSのストックと残量を確認して,十分な余裕をもって
ロットチェックを行い,ロット変更の影響を最小限にとどめてみてください。
細胞の寿命や分化
初代細胞(プライマリー細胞)の場合,分裂の限界があります。この場合はいくら培養環境を改善・見直しても対処できません。新しい初代細胞を起こしてくるか,取り直すようにしましょう。また分化により増殖しにくくなる細胞もありますので,細胞の性質についてもよく理解しましょう。
培養環境のトラブル
休み期間中にインキュベーターのCO2ボンベが空になっていたり,トレイ内の水が空になっていたりと,正しい湿度やCO2濃度が維持されない状況があった場合は,細胞増殖に影響が起きているかもしれません。インキュベーターの状況は常に把握しておくようにしましょう。
継代の時期
細胞の増殖曲線,というデータを,多くの方は見たことがあるでしょう。
誘導期(Lag Phase,遅滞期とも呼ばれる)や対数増殖期(log phase)の初期は継代に適していません。
対数増殖期のピーク直前付近が,継代の時期に適しています。
形態的な変化や問題
培養していると,このような細胞の変化が見られることがあります。
原因としては,下記のようなものがあります。
分化や成熟による細胞の変化
特定の因子やシグナルによって,細胞の形態が変化することがあります。これは通常のことかもしれませんし,もしかすると新しい発見かもしれませんし,本当は問題(トラブル)なのかもしれません。形態変化の再現性を確認してみましょう。
もし再現性が見られないのであれば,培養環境や培養手技を再確認しましょう。
別の細胞のコンタミネーション
細胞培養はクリーンベンチ内で行いますが,例えば両サイドから作業できるクリーンベンチを使って,二人が同時に全く別の細胞を扱っていたりすると,何かの原因で異なる細胞が自身の培養系に紛れ込む可能性があります。もしくは,分与を受けた段階で既に別細胞が混ざっているかもしれません。
前者の場合は,できるだけ操作を注意したり,後者の場合には分与元にも確認してみましょう。
コンタミネーション
4-2で上げた「別の細胞のコンタミネーション」以外にも,微生物(酵母や菌類など),ウイルスやマイコプラズマの混入によって培養系に悪影響が及ぼされます。研究室外での飲食が原因だった,などということも…。飲食が原因の場合はさておき,実験室で考えられるコンタミネーションの原因としては,下記のようなものがあります。
ウォーターバス由来
凍結細胞の入ったバイアルを解凍する際に使用したウォーターバスですが,バイアル以外にも様々な器具や試薬を温めるのに使用します。そして「意外と」中の水が交換されないもの。最後に交換したのがいつか,すぐに言える方はいますか…?
このような水に,細胞のチューブキャップ部分まで浸して解凍作業をしてしまうと,コンタミネーションの原因となります。
(そのため,キャップ部分は浸けずに,バイアルを揺らしながら解凍するように指示を受けるのですね。)
できるだけ頻度高くウォーターバスの水を交換したり,雑菌の繁殖を抑える試薬「Water Shield(Minerva Biolabs GmbH)」などを添加して,コンタミネーションの原因となる微生物やウイルスの繁殖・増殖を防ぎましょう。
Water Shield : https://www.funakoshi.co.jp/contents/6733
CO2インキュベーターのウォーターリザーバー(トレイ)由来
こちらも(1)と同じで,微生物が繁殖しやすいにも関わらず,あまり交換されない水の一つです。
同じく頻度高く交換するか,雑菌増殖抑制試薬を添加しましょう。
またトレイだけでなく,インキュベーター内の掃除も定期的に行いましょう。
実験者や実験器具由来
実験者の手や白衣,おしゃべりから持ち込まれることがあります。手はよく洗い,エタノール滅菌し,作業中の会話は控え,白衣が培養器材や器具に触れないよう注意しましょう。
また実験器具からの持ち込みにも注意するため,よくエタノールで滅菌した道具や,バーナーの火で滅菌した器具を使用しましょう。
マイコプラズマの検出・除去・予防試薬
マイコプラズマは細胞に寄生して増えていくため,とても厄介です。
細胞の形態や性質の変化以外にも,2019年発表の論文によれば,マイコプラズマ感染は培養細胞に酸化ストレスを誘導するとも言われています。
Yunhee Ji, Mahsa Karbaschi, Marcus S. Cooke,
Mycoplasma infection of cultured cells induces oxidative stress and attenuates cellular base excision repair activity,
Mutation Research/Genetic Toxicology and Environmental Mutagenesis, Volume 845, 2019, 403054, ISSN 1383-5718,
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1383571818303164
滅菌フィルターすら通過してしまいますので,汚染された場合,簡単な培地交換だけでは除去はできません。気づかないうちに感染して増えてしまっている,といった事態は避けなければいけません。
できれば継代の時などに定期検査して,未感染であっても予防措置は取っておきたいところです。
細胞培養上清をPCRで増幅した後に電気泳動して,バンドを確認するのが一般的な確認方法ですが,現在は等温PCRで増幅したサンプルから,ストリップを利用して簡単に検出できるような製品「MycoStrip (InvivoGen) 」も出てきています。
https://www.nacalai.co.jp/products/entry/d001043.html
除去・予防は,市販の試薬を使用するのがもっとも手軽で確実です。
<除去試薬例>
Plasmocin treatment (InvivoGen)
https://www.nacalai.co.jp/products/entry/d001010.html#jyokyo1
BIOMYCシリーズ (Biological Industries Ltd.)
https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/00880006_2.asp?entry_id=2017
Mynox-Mycoplasma Elimination Kit (Minerva Biolabs GmbH)
https://www.funakoshi.co.jp/contents/2947
<予防試薬例>
Plasmocin- prophylactic (InvivoGen)
https://www.nacalai.co.jp/products/entry/d001010.html#yobou1
Zell Shield (Minerva Biolabs GmbH)
https://www.funakoshi.co.jp/contents/3910
抗生物質の種類
培地に添加する抗生物質には様々な種類がありますが、それぞれ対応する菌や微生物に違いがあります。
以下は一般的に使用される抗生物質です。
グラム陽性菌向け:ペニシリンG、ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシンなど
グラム陰性菌向け:ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシンなど
酵母、カビ:アムホテリシンB(アンホテリシンB)
細胞の種類や培養条件によって有効(適切)濃度が異なるため、培養への悪影響を防ぐため、データシートや文献等から情報を確認してから使用しましょう。
最後に
いかがでしたでしょうか。
細胞培養は「気を抜くと」あっという間に汚染が拡がったりしますので,油断せず,広い視野を持って細胞の状態を日々確認していく必要があります。
こちらをご参考頂き、お気づきの点がありましたらお問い合わせフォームよりご連絡ください。