FBS,fetal bovine serum

細胞培養を行う際に,必ずと言っても良いほど添加するFBS(Fetal Bovine Serum,ウシ胎児血清)。研究室によっては「FCS(Fetal Calf Serum)」と言ったりもしますが,FBSとFCSは同じものです。でも,細胞培養を初めて始めた頃から,「なんとなく」使っていないでしょうか?

今回はそんな「FBS」について,「そもそも,FBSとは?主な産地は?何が含まれている?ロットチェックは必要?非働化はなぜ行う?本当に非働化は必要?色々な処理済FBSがあるけど,何が違う?」といった,知っておくと役に立つ基礎知識と,製品技術サポート担当時代によく受けた質問,FBSのメーカー情報をまとめてみました。

そもそも,FBSとは?なぜウシ胎児から?

FBSの正式名称は「Fetal Bovine Serum」,ウシ胎児(胎仔)血清といいます。免疫応答系が働く前のウシ胎児血清は,細胞増殖に影響を及ぼすγグロブリンの量が少ないため,培地への添加剤として広く使用されています。これがウシ胎児からの血清を採用している理由です。成分については後述します。
ただし,ウシ胎児の供給量が一定しておらず,コントロールも難しいため,FBSについてはどうしても価格の変動が生じてしまいます。ここが一つの難点です。

なお,勘違いされることがあるBSA(Bovine Serum Albumin)は「ウシ血清アルブミン」で,血液中の成分を精製したものであり,FBSとはまた異なるものです。

FBSの主な産地は?

FBSの主な産地は下記の国々です。

  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • アメリカ
  • カナダ
  • メキシコ
  • チリ
  • ウルグアイ
  • ブラジル (※地域によって輸入不可)
  • コロンビア
  • フランス
  • スペイン
  • オランダ

FBSの成分 ― 何が含まれている?

FBSには,細胞の増殖や成長に必要な

  • ホルモン類
  • 脂質類
  • 細胞の成長に必要な各種因子
  • 未だ判明していない,細胞培養に重要な栄養素・因子

が含まれています。一方で,細胞の成長・生育に影響を及ぼす

  • 補体系
  • エンドトキシン等,毒素

も含んでいます。

またFBSがあることで培地の緩衝能にも影響を与えています。

FBSは血液から採取されるものなので,当然これらの成分はロットや個体差により含有量が異なります。そのため,次の項で述べるような「ロットチェック」の話が出てくるのです。

ちなみに、その他のFBSの成分についてまとめられた情報は、下記の論文が参考になります。

Lee DY, Lee SY, Yun SH, Jeong JW, Kim JH, Kim HW, Choi JS, Kim GD, Joo ST, Choi I, Hur SJ. Review of the Current Research on Fetal Bovine Serum and the Development of Cultured Meat. Food Sci Anim Resour. 2022 Sep;42(5):775-799. doi: 10.5851/kosfa.2022.e46. Epub 2022 Sep 1. PMID: 36133630; PMCID: PMC9478980.

FBSのロットチェック ― 本当に必要?

上記に記載した通り,FBSは血液から採取されるものなので,当然これらの成分はロットや個体差により含有量が異なります。以前使用していたロットと新しいロットでは成分が完全に一致することは「ほぼない」と言っても良いでしょう。それでも,実験系では可能な限りロット間の差を縮める必要があります。

ロットチェックの必要性については色々な意見があり,研究室の「作法」もありますので,一概には言えないのですが,

  • これまでの実験系との相関や関連性を重視
  • 培養している細胞が血清の影響にセンシティブであるような場合

は,ロットチェックサンプルを取り寄せて,ロットチェックを行った方が良いでしょう。

単発で行うような培養であれば,ロットを意識する必要性は低いと考えられます。

FBSの非働化 ― なぜ行う?本当に必要?

凍結しているFBSを冷蔵庫で1晩置き,解凍した後,ウォーターバス等で行う非働化(非動化,と書く人も)の作業。英語では「Heat Inactivation (HI)」と書きます。
FBSの非働化処理は、通常「56℃で30分」の処理時間で行われます。(研究室によって温度や時間が異なることもあるかもしれません。)
※凍ったFBSを直接ウォーターバスに入れると、ビンが割れることがあるので絶対に止めてください!
この作業,なんとなく「おまじない」的にやっている研究室が多いのではないでしょうか?またメーカーによっては非働化処理済のFBSを販売していたりもします。

FBSの非働化は,FBS中に含まれる「補体」を熱で不活化することで,培養中の補体活性化による細胞傷害を防ぐ目的で行われます。そのため,特に免疫関係の研究における細胞培養では,非働化したFBSを使用することが多くなっています。
一方で,「非働化」処理をすることで実験にも影響する論文やデータもあります(*1~2)ので,「今回は非働化しない」「今回は非働化する」といったような対応はやめた方が良いでしょう。

一方で非働化を「不要」と考える研究室もありますので,「細胞の種類」「研究室のルール」「過去の文献」の情報から,非働化の実施・非実施を総合的に判断しましょう。

(*1) Fetal calf serum heat inactivation and lipopolysaccharide contamination influence the human T lymphoblast proteome and phosphoproteome
Hazir Rahman, et al. Proteome Sci . 2011 Nov 15;9(1):71. doi: 10.1186/1477-5956-9-71.
PMID: 22085958

(*2) Hyclone Labs 1996. Art to Science. Vol. 15, No. 1: 1-5.

色々な処理済FBSがあるけど,何が違う?

熱非働化処理,ガンマ線処理など,色々ありますね。それでは,個別に見ていきましょう。

非働化処理(Heat Inactivated)済FBS

前述の非働化処理を熱で行ったFBSです。非働化することでFBSに含まれる補体を不活化し,培養中の補体系活性化による細胞傷害を防ぎます。一方で非働化によりデータや培養結果に影響を受ける細胞もあるため,よく検討しましょう。

γ線処理(γ-irradiated)済FBS

γ線によりFBSを処理することで,FBSに存在するウイルスを不活化させたものです。再生医療研究等,ウイルスの混入が問題になる場合に使用することがあります。

活性炭処理(Charcoal stripped)FBS

活性炭により,FBS中のホルモンや脂溶性物質を取り除いたFBSです。ホルモンの影響を受ける細胞での実験系に使用されることがあります。

テトラサイクリンフリー(Tetracycline free)FBS

テトラサイクリン(や,誘導体のドキシサイクリン; Dox)の有無で遺伝子誘導発現の調節を行うシステム(Tet-On🄬, Tet-Off🄬)で使用するためのFBSです。「フリー」といっても完全に除去するのは検出限界もあり不可能ですが,各社基準を設けて,ある基準以下のテトラサイクリンを含む物をテトラサイクリンフリーとして販売しています。あるいは,「テトラサイクリン 確認済み(tested)」のような形で販売されています。

透析(Dialyzed)済FBS

分画により,基準MWCO以下の低分子を含まないような処理をしたFBSです。低分子物質の影響を考慮する必要がある実験系に使用します。

エクソソーム除去(Exosome depleted)済FBS

エクソソームに関わる実験系で使用するFBSです。FBS由来のエクソソーム(およびそれに含まれる核酸)の影響を考慮する必要がある実験系に使用します。

ES細胞確認(ES screened)済FBS

ES細胞を未分化状態で維持することを,メーカー側で確認したFBSです。研究者自身でテストする手間とコストを削減できます。その他、幹細胞でのスクリーニング(Stem Cell Screened)済FBSもあります。

IgG除去(IgG depleted)済FBS

完全にIgGが除去されていることはないので、「低IgG(Low IgG)」FBSと言われていることもあります。ハイブリドーマによる抗体作製時の培養や、タンパク精製、IgGによる細胞傷害活性を気にする実験系などで使用します。

FBS購入時のチェックポイントは?

購入する際は,下記の点に注目して選択しましょう

  • エンドトキシン濃度
  • ヘモグロビン濃度
  • フィルターによる滅菌回数およびフィルターの孔径
  • 原産国

FBSの価格は,主にこれらの要素により幅があります。低エンドトキシン,低ヘモグロビン,丁寧な滅菌であるほど,一般に価格が高くなる傾向にあります。また品質によって製品名を変えていることもあります。
原産国は,大手メーカーのFBSであれば基本的にはしっかりと動物検疫を済ませて輸入されている(はず)なので問題ないと思いますが,原産国によっては日本側がBSE汚染国(汚染地域)として輸入を許可していないこともありますので,メーカーウェブに掲載されていても日本では入手できないことがあります。

FBSでよく見られる現象,よく聞かれること

購入したFBSが「ちょっと気になる」こと,ありますよね。頻繁に聞かれることのある現象をまとめました。

FBS中に沈殿物や白い糸のようなものが見られる…

解凍後のFBSでは,冷凍時に気づかなかった沈殿物や白い糸のようなものが見られることがあります。これらは血清中に含まれる「フィブリン」やリポタンパク質です。基本的に細胞培養には影響しませんが,気になるようであればこれらが混入しないように慎重にFBSを使用するか,フィルター滅菌をして使用しましょう。

他のロットや他のメーカーよりも赤みが深い…

血清中のヘモグロビン量の違いにより,FBSは色が異なってきます。通常ヘモグロビン量の違いはFBSの性能には影響しませんが,気になるようでしたら製造元(輸入元)へのお問い合わせをお勧めします。

一度解凍したFBSを分注して再凍結できる?

メーカーによって判断が異なるかと思われます。いくつかのメーカーは「分注後に再凍結できる」としていることもありますが,個人の経験からは一度解凍した後は冷蔵庫で早めに使用してしまうことをお勧めしたいです。なんせ,「生物(なまもの)」ですので…。

どんなメーカーがどの種類のFBSを販売している?

各メーカーのウェブサイトで掲載している限りの情報を掲載します。最新の情報及び詳細は,各メーカー及び日本国内代理店にお問い合わせください。

注)

  • 通常と高品質の区別が無い場合は,「通常」FBSのみに〇をしています。
  • 産地「ヨーロッパ」「中米」「南米」は,単独国,もしくは複数国を含むことがあります。詳細はメーカーウェブをご確認ください。
  • 該当がない処理でも,メーカー側で対応できることがあります。メーカーにお問い合わせください。
メーカー名原産国通常FBS高品質FBS非働化γ線活性炭透析低IgGテトラサイクリンフリーエクソソーム除去ES細胞その他
Gibcoアメリカ,メキシコ,中米,ブラジル,オーストラリア,ニュージーランド〇 ※ not free, but screenedMSC screened
Hycloneアメリカ,カナダ,中米,北米,オーストラリア,ニュージーランド〇 ※ not free, but screenedMSC screened,昆虫細胞
BioWestアメリカ,南米,ヨーロッパ,中米〇 ※ not free, but approvedLipid depleted
Sigmaアメリカ,カナダ,オーストラリア,ニュージーランドHL-1 cell screened
Corningアメリカ,南米,オーストラリア,USDA認定国
VWRアメリカ,オーストラリアIron supplemented
Takara Bioアメリカ,USDA認定国〇 ※ not free, but approved
bioseraアメリカ,中米,南米,フランス,アイルランド,オーストラリア,メキシコLipid depleted,Ultra Low Endotoxinm Iron supplemented
Capricorn Scientificアメリカ,南米,オーストラリア〇 ※ Depleted〇 ※ not free, but negativeIron supplemented,9CFR tested, Delipidated, Low Endotoxin
Biological Industries南米,オーストラリア
seranaアメリカ,ヨーロッパ,オーストラリア
MP Biomedicalsアメリカ,ヨーロッパ,オーストラリア
Bovogen Biologicalsフランス,オーストラリア,ニュージーランド,その他9CFR Tested,Specific Virus Tested, EMEA Tested,Cell Line Testing
Atlanta Biologicalsアメリカ,USDA認定国〇 ※ not free, but testedHybridoma Qualified
rmbioアメリカ,その他Stem Cell Qualified
Captivate Bioアメリカ,オーストラリア,USDA認定国

まとめ

いかがでしたでしょうか。FBSの基本的な内容がお分かり頂けたかと思います。培地そのものと異なり,生もので成分コントロールが難しいFBS。気に入ったロットがあれば,予算や保管場所の許す限り,まとめて確保しておくことをおススメします。